2018年の出来事(上)

ブログで一本の記事にするほどでもない小さな出来事を、いくつかまとめました。


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7月7~8日 北海道バイク祭り

昨年は6月にしては体の芯が凍えるくらいに寒かったバイク祭り。今年は一ヶ月ほど時期をずらして7月の開催となった。
 
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つどーむ横の会場では、多数の新車・中古車が陳列されていましたが……

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そんな中、遠路はるばる関西からやってきた門真ナバホは、いつも通り(?)にウラルサイドカーを展示。
なお、このグレーのGear Upは、山野社長が大阪から直々に運転をして北海道まで持ち込んだ一品。そしてこのイベントが終了した後は、道内在住の購入者の元へそのまま納車をするという。エンジンの慣らしサービスまで付いてくるとは恐れ入った。
 
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グレーのウラルの隣に展示をされていた道内在住 H氏のウラル。この塗装は特別限定色(メタリックコッパー?)らしく、落ち着いた深みのある色具合がウラルと絶妙にマッチしています。

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現在のナバホでウラルと同じくらいに推しているAJS Cadwell 125(左)とSKYTEAM Ace 125(右)。両車ともに値段は30万円代前半という、原付二種としては立派な金額だが、魅力や満足感としてはそれ以上の価値があると思います。
一度でいいから運転をしてみたいものです。

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MACツールの物販テントで展示をされていたMACツールカラーのモトコンポ
最近ではあまり見かけなくなってきたので、つい見入ってしまった。

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7日は終日曇っていたが、8日にはきれいな青空となった。
 
 
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7月21日 愛車の一部改装

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バーエンドミラー
3年ほど前に購入をして2液ウレタン塗装までは済ませたものの、次第に億劫になってしまいそのまま放置。以降、倉庫の片隅でずっとホコリを被っていた。
だが最近になって「そういえばバーエンドミラーがあったよなぁ……?」と思い出したので、気分転換&手軽なイメチェンとして取り付け作業を再開した
このバーエンドミラーの取り付けに際しては、前ブレーキとクラッチそれぞれのレバーを固定している既存のネジを抜いて、金属パテで肉盛り加工をしたネジを差し込んで装着しています。ミラーの角度調整にはヘキサゴンを使用(ちょっと面倒)。

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で、バーエンド化をして実際に道路を走った感想は……うん、とても良いですね。特に今までのミラーだと、走行中の振動で後方の視界が盛大にブレて「どうやら後続車が何台かいるなぁ」くらいにしか判断がつかなかったのですが、バーエンドだとミラーが震えることもなく、かなり安定して後ろを確認することができます。
こんなことならもっと早く装着をすればよかった。

ただし、ミラーの直径は7cmほどと小さいため、そのままでは車検の検査規定に引っかかって落とされます(車検時にはオリジナルのミラーに戻さないとダメ)。それと今までのサイドミラーと比べてバーエンド式は視線の移動量が大きいので、目が慣れるまでは若干の違和感を覚えます。

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小型エアクリーナー
これもバーエンドミラーと同じく、塗装後にしばらく放置をしていたもの。既存のキノコみたいな形状のエアクリーナーも悪くはなかったのだが、こっちの方がよりクラシカルなデザインで見た目も収まりも良い。
ただし、フィルターの濾過性能は不明(中にはスチールウールが隙間なく大量に詰まっている)。まぁ、市街地や郊外の道路を普通に走る程度では問題にならないだろうけれど。

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側車灯用レンズ
今までの側車灯には透明でペラペラな、いかにも安っぽいプラスチック製カバーがはめ込まれていたが、暗いトンネル内や夜間走行時の安全性を確保するため、光を拡散しやすい凸型レンズに交換。中のバルブも一般的な3w球から、光量が強くて消費電力の小さなLED球とした。

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樹脂製の分厚いクリアレンズ。手に持つと、小さいながらもずっしりとした重量感がある。

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日が落ちてから点灯をするとこんな感じ。LED特有の青白い光により、対向車への視認性も多少は改善した……と思う。

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今回の改装は、どちらかと言えば派手さの無い、ごく簡単でささやかなものとなりました。しかし、全体的な印象としては上に伸びていたサイドミラーを外してバーエンド化したことにより、姿勢の低さが強調され、遠目では結構すっきりとした感じが出せたと思います。
やはり長江の伸びやか、かつ低く構えたスタイリングは良いものですな。


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千歳へ行く途中、恵庭にある道の駅で撮影。 8:59 AM
時間は夏の朝9時台なのだがかなり暗い。

開催当日の道央周辺は、雨こそ降らないものの早朝からほぼ全域がどんよりとした灰色の雲に覆われていた。特に清田区里塚から北広島にかけては、まるで牛乳の中を走っているかのような濃霧が漂っていてノロノロ運転を余儀なくされた。
「これだと今日の飛行展示は全部キャンセルかな?」と考えながら、渋滞にも引っかからず愛車は9時半頃に千歳基地正門へ到着をした……のだが、正門前にいた交通整理中の警備員から「すいませーん、申し訳ないのですが基地の中にあるオートバイ用駐車場が既に満車なもので、入場はできないんですよ」と非情な宣告が下された。まだ9時半なのにもう満車かよ……以前ならば、昼頃に行っても普通に停められたのだけれど。
結局、ここで改めて駐車場を探すのも面倒なので、そのまま何もせずに札幌へ帰ることとなりました。


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8月12日 第30回 札幌航空ページェント

2年に一度の、煩い季節がまたやってきた。

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三週間前の千歳基地航空祭が曇天で残念な結果となったせいなのか、いつもよりも訪れている人の数が多いようにも感じる。ただしこの日の丘珠も雲は多かったが。

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屋台などの物販は大盛況。

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道内にある報道各社のヘリ展示。

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空自のYS-11FC
丘珠に降り立ったYSを久しぶりに見た。しかしこのYSは、機体そのものはまだ使えるのだが、搭載しているエンジン(ロールスロイス・ダート)の交換用部品が完全に枯渇しているので、このままだと残り1~2年ほどでスクラップになる運命だという。

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鳥取県美保基地から飛来した双発輸送機 C-2

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昼前には混雑する会場内のエプロンから離れて、東側にある緑地公園へと移動した。ここも人は多いが、皆適当な場所で座ってくつろいでいるのでそれほど狭苦しさは感じない。

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そして毎度のことながら、緑地公園の駐車場はもの凄い状態となっていた。
航空ページェントには公共交通機関以外だと徒歩、自転車、オートバイで来るのが無難です。


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8月13日 豊平峡ダム

夏休み中の姪っ子2人からサイドカーに乗りたい、とせがまれたので、姉夫婦達と一緒に定山渓へ長江と軽自動車で出かけた。定山渓では豊平川の側にある源泉公園でゆで卵を作ったり足湯に浸かったりと小一時間ほど遊んだ後、さて自宅に帰ろうか……といったところで、「どうせなら、ついでにダムも見ていかない?」という姉夫婦の提案により、予定を変更して豊平峡ダムへ行くことになった。

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駐車場から小型電気バスに乗って長いトンネルを走ること数分、札幌市の水がめである豊平峡ダムに到着した。ここへ来たのは中学生の頃の遠足以来だ(今となってはほとんど記憶に無いが)。うーん、こんな感じだったかな? 
あの時はダムの下流にある、定山渓自然の村近辺から谷沿いの遊歩道を歩いたと思ったけれど。

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6月から10月にかけての観光シーズンには、時間ごとに区切って観光放水が実施されている。
 

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昼12時を回る頃には駐車場へと戻り、姪を横に乗せて帰宅となったのだが、その道中で突然にわか雨に降られ、雨具も着用できずに一緒にずぶ濡れ……。だが姪っ子は「こんな体験ができて面白かった」と逆に喜んでいましたが。


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8月18日 道の駅 あいロード厚田

4月27日に石狩市厚田区(旧厚田村)でオープンをした道の駅【あいロード厚田】。開業当初は5月の大型連休と重なったこともあり、渋滞が道の駅周辺はおろか古潭や嶺泊付近にまで延々と続く大盛況ぶりだったという。

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あと少しで開業から4ヶ月が経とうとしている8月中旬に訪れた。ちなみに厚田へ来るのは今年初めて。
愛車はそのまま道の駅の駐車場へ入れようと思ったのだが、駐車待ちをしている列が意外と長かったので、道路を挟んだ向かいにある旧夕日の丘PAに停めることにした。

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2018年現在、北海道内で一番新しい道の駅なので、建物はとても立派。「かなり金をかけたんだろうなぁ」という雰囲気をひしひしと感じる。
ただし、内部の配置や動線があまり良くない……というか、通路や階段が狭かったりテナントから伸びる客の列がふさいだりして妙に歩き辛い。もうちょいどうにかならんのかコレは。

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屋上のテラスから厚田漁港を望む。
道路に面した入り口には、札幌方面から来る右折車を誘導する警備員が配置されている。
駐車場そのものは3つに分散されており、スペースもそこそこあるのですが、中央に見えるオートバイ専用駐輪場は猫の額ほどの広さ(8~10台前後?)しか無い。オートバイは道の駅の敷地内ではなく夕日の丘に置け、ということなのだろう。
だけどシーズン中の厚田には結構な数のライダーがツーリングで走りに来るというのに、この扱いは少々寂しいものがある。

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以上、今年の7月~8月中旬にかけての出来事でした。
次は2018年の出来事(下)へと続きます。

サバの味噌煮が食べたくて

11月4日(日)

10月21日の釣行が短時間にしてはそこそこ楽しめた(小サバを丸ごと煮込んだ味噌煮も美味だった)ので、柳の下のドジョウ……ではなく西防波堤の小サバを狙いに、愛車に釣り道具を詰め込んで石狩湾新港へと再度やってきた。
 
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いつもの西埠頭ゲート前に到着。9:12 AM
駐車している車の数は20台前後。前回よりも数が少し多い。

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西埠頭へ至る砂利道の両側に茂るカシワ林も、10月後半からの寒気によって茶色く枯れていた。雪の季節はすぐそこだ。

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無風で晴天、気温も高めだが、海はうねりがかなり強い。

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西埠頭のケーソンの上を移動中、ふと目を左側へやると、沖でサーファー達が20人ほど集まって波乗りに興じていた。なるほど、ゲート前に駐車している車が多かったのはコレが原因か。
北海道でサーフィンと言えば苫東が有名だが、石狩でもサーフィンをしている人がいるとは知らなかった。

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そして西防波堤に到着。9:37 AM
結構混雑しているかと思ったが、意外にも釣り人は全体で20人ほどしかおらず、前回よりもやや少ない模様。
先客のバケツの中を覗いてみると、チカと小サバがそこそこ釣れているみたいだ。

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釣座は前回と同じ場所とした。
背負っていたリュックを下ろし、コマセを撒きながら仕掛けの準備をしていたのだが……。

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隣で外海側へ投げている人の、バケツから大きくはみ出た魚体(イシガレイ。サイズは恐らく40cm超え)に目が釘付けとなった。釣った人に話を聞いてみると、この時期になると釣れるという(ただし、海水温がまだ高いためフグが煩いみたいだが)。
このイシガレイ以外にはコマイも1匹だけ釣れていた。

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釣り開始 10:01 AM
内海側も外と同じくうねりが強いが、釣りに支障はない。コマセに夢中になっている魚群の中へサビキを投入すると……。

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さっそくかかったのは手のひらサイズのウミタナゴ
さすがにこれは食べられる大きさではないので、即リリース。

そうしているうちに小サバの群れがコマセに集まってきた。

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よほど腹が空いているのか、仕掛けを入れるとあまり誘わなくてもすぐ針にかかる。
で、釣れるのは良いのだが、前回と比べると魚体が一回りは小さい。うーん、そろそろ小サバのシーズンも終了か?

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11時半を過ぎるとサバのアタリも次第に渋くなってきたので、12時ちょうどで釣りを切り上げた。
釣果は小サバだけ18匹。これだけ釣れればまずまず、といったところか。
実はチカも1匹だけ釣れたのだが、バケツへ入れようとしたときに手元が狂って海へとリリースしてしまった。それとコマセヒシャクも海没……。
 
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西防からの帰り道、途中にある樽川埠頭にちょいと偵察をしてみる。 13:06 PM

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こないだよりかは人は少なく感じるが、それでも人口密度は高い。2m間隔で竿を出している感じだ。

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ここ樽川では、チカ以外になんとニシンもそこそこ釣れていた。もうニシンの季節なのか……ただし、サイズは最盛期の魚体よりも2回りほど小さいが。
 
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自宅で釣り道具を片付けた後は愛車に給油をしたのだが、肝心のガソリン価格は前回よりも3円ほど下がっただけ。しかもこれからは緊迫する中東情勢と絡んで値上がりの可能性も示唆されている。
だけど1L/150円台で維持されるは勘弁して欲しい。せめて120~130円くらいになってくれれば財布にありがたいのだけれど…。

小物釣り 石狩湾新港・西防波堤編

10月21日(日)
4月下旬のホッケ釣り以来、約半年ぶりの単独釣行となります。

愛車の船に釣り道具を載せ、石狩湾新港を目指して自宅を出発。 8:40 AM
目的地までは信号の多い街中をずっと走り続けるので、長距離ツーリング的な面白さは薄いものの、サイドバルブボクサーの牧歌的なエンジン音と振動はいつ味わっても良いものです。
 
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のんびりと走りながら西防波堤のゲート前に到着。 9:14 AM
エンジンを止め、船から釣り道具を下ろしながら周囲に駐車している車を数えてみると15~16台といったところか。そこそこ釣り人が来ているみたいだ。

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砂利道を5分ほど歩くと目に飛び込んでくる北電 石狩LNG火力発電所。4月の時と比べると、覆われていた工事用足場が外されて建物全体の構造がよくわかるようになっている。
 
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波は弱いうねりを含んだ低い一枚波。風はほぼ無風で、真上には太陽が燦々と降り注いでいる。10月中旬の海沿いは風が吹くと恐らく肌寒いだろう、と想定をして着込んだので、逆に好天だと暑くてたまらん……。

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西防波堤に到着 9:38 AM
天気が良くて暖かい絶好の釣り日和なため、交通の便が悪い西防にしては先客が多い。ざっと見で25~30人くらいか。

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サビキ釣りの人たちは基部に固まっていたが、自分としてはわざわざ西防に来てまで人混みの中で釣りをするのは勘弁だし、潮の流れが良さそうな場所を選びたかったので、春のホッケ釣りとほぼ同じ場所に釣座を設置することにした。
先端近くでは、サビキではなく投げ釣りや根魚狙いの穴釣りをしている人たちが多い。
 
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早速バケツを開いてコマセを数杯撒いた……が、魚影は見えない。 9:46 AM
基部周辺で集中的にコマセを撒かれて、そっちの方に群れが引っ張られているのかもしれない、と若干心配になったが、程なくして小ゾイ、ウミタナゴ、そして本命のチカらしき魚影が水面近くに集まりだした。たまに細長い黒色のエンピツっぽい魚がチラチラと泳いでいるが、これはもしかしてサヨリか?
さて、海中も賑やかになって頃合いもそろそろ良い具合だろう。ここで先月下旬に新調した3.6mの万能延べ竿(アメリカ屋漁具で980円)に、市販の4号ハゲ皮チカ用サビキを結び、コマセに夢中になっている魚群にめがけて投入をした……のだが、なぜか全く見向きもされない。あれ? もしかして、ここのチカは結構スレてる?

この後、30分ほどコマセを撒きながら誘い続けたのだが、釣れたのはチカ3匹とカタクチイワシが5匹ほど。これは何だかイヤな予感がするぞ……。


だが、そのような心配は数分後に消し飛んだ

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チカの繊細なアタリとは全く違う、針がかりと同時に竿先を一気にしならせる強い引きと派手な横走り……突如としてサバの群れが入ってきた。型は手のひらサイズとはいえ、引きは大きいので意外と楽しめる。

この群れにより、ポンポンと連続して小サバを上げたのだが、11時半過ぎから急に海からの冷たい風が強く吹いてきたのと、コマセを食べて満腹になった(?)群れが何処かへと移動してしまったことにより、パッタリと釣れなくなってしまった。
釣りはじめてから1時間半くらいしか経過をしていないけれど……まぁ、いいか。もうちょっと粘りたかったが、今日はこれで納竿としよう。

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帰る途中に樽川埠頭へと寄り道。
西防波堤と比べると群れが来ていないのか、あまり釣れている様子がない。小サバやチカが1匹単位でポツリポツリと釣れる程度だった。

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それにしても樽川は人が多い。
さすがにここまで人が多いと、落ち着いて釣りができそうにない。
10分ほど釣り人のバケツを覗き込んで冷やかした後、自宅へ帰ることに。
 
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今回の釣果。
小サバ:10匹
チカ:6匹
カタクチイワシ:5匹
魚種不明(子ニシンか?):1匹
なお、今日の釣りでウグイ、ウミタナゴ、小ゾイなどの外道は1匹もかかることはなかった。毎回こんな感じだと嬉しいのだけど。

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釣れた小サバの中で一番大きいサイズは23cm。これくらいのサイズになると、小サバと言えども食べごたえはそれなりにある。

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軽く触れただけですぐに鱗が剥がれるカタクチイワシ。サイズは7~8cmほど。
小サバは味噌煮、チカとカタクチはパン粉を付けてフライになりました。

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釣り道具を片付けて魚も処理をした後は、愛車に乗ってセルフのガソリンスタンドで6リットルほど給油をした。店頭にある看板を見ると、レギュラーの価格が158円/1Lとなっており、先月上旬と比べて10円近くも値上がりをしている。
先日のテレビや新聞の報道だと、原油相場の影響で今週の中頃~来週にかけて多少は値下がりをするとされているが、さてどうなることやら……。

2018 北海道旧車天国

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10月8日早朝。台風一過、とでも言うべき澄んだ青空。

本来は7日(日)に開催をされるはずであった北海道旧車天国ですが、台風25号の北海道直撃により、一日延びて8日(月・祝 体育の日)へとずれ込んだ。
たが、たしかに雨や風は強かったものの、一ヶ月前に道内各地へ甚大な被害を引き起こした台風21号よりかは影響が小さかったのは幸いであった。
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雨でしっとりと濡れたアスファルト路面。貼り付いた落ち葉が秋を思わせる。

さて、開催日当日になってゴミ捨てや積み込む荷物の準備であたふたとしていたら、時計の針は既に8時15分を過ぎていた。あ、やべっ…このままでは9時が門限なのに遅刻をしてしまう。身支度を整えてヘルメットを被り、大急ぎでエンジンを始動させて出発した。
それでは今日もよろしく頼むぞ。


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祝日でいつもよりも空いている道路を走り抜け、8時45分頃に会場へ無事到着。札幌市内である北区東茨戸の開催(といっても札幌で一番北の端だが)なので、地方のイベントとは違って移動に気を使わなくてよいのはラクチンですな。
入場手続き後、カメラマンによる記念撮影サービスを済ませてから係員に指定された展示場所へと移動。
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自分の愛車の展示はこのようになった。今回は二輪車の参加は3台だけらしい(他に原付やモペットが3台あった)。少々寂しい気もするが、まぁ頑張るとしよう。
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横に立てたイーゼルには、愛車の詳細を簡単に記したボードを設置した。
イベント開催中は多くの人が足を止めて読んでいたので、急ごしらえなやっつけ仕事でも一応は作った甲斐があった……と思う。なお、今回はシートに座り放題としたので、小さな子供が乗り降りをしやすいよう脇には脚立もセッティングした(実際には大人も子供も結構な数の人たちが座っていたが)。

主催者の発表によると今日は全部で約100台の参加となったが、昨日の台風直撃による日程変更がなければもう少し数が多かったみたいだ(体育の日に休みが取れず、泣く泣く参加を辞退をした人も少なくないという)。本当に今年の北海道は天気や地震などの自然災害に悩まされる年だ。

会場司会によるアナウンス後、9時30分にイベントがスタート。ゲートからは大勢のお客さんがぞろぞろと入場してくる。
それでは自分も会場内をぶらぶらと歩いてみるか。
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ピンボケ画像になってしまったマツダ ポーターキャブ。
実は30年近く倉庫の奥で眠っていたのを復活させた個体だという。

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いつ見てもきれいで隅々まで手入れが行き届いている、常連のシュタイヤープフ ハフリンガー。

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ランドローバー シリーズ2
シリーズ2のランドローバーは昨年も展示されていましたが、それとは別の個体。これはピックアップ仕様です。
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真横から見ると子供が描いた自動車の絵と言うか、「凸」そのものな無駄を削ぎ落とした形状が好きです。なお、この淡いクリーム色の車体色は刷毛とローラーで手塗りをしたのだという。あぁ、自分の愛車と同じだ。

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A型フォード ホットロッド仕様。
 
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ハコスカGT-Rと同じS20エンジンを搭載したフェアレディZ 432。

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トヨタスタウト 消防車仕様。

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イタリア製の三輪型ミニカー タイガービートTiger Beat。
光岡やタケオカのミニカーが公道を走っているのは数回見たことがあるが、これほどの珍車は北海道内でも唯一ではないだろうか?
 
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後ろにはきちんとナンバープレートが装着されていた。
 
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車内はごくシンプル。ハンドルの真下にサイドブレーキが備わっているところは芸が細かい。

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MG TF-1500
1954年製なのだが車体はピカピカ。

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オースチンヒーレー スプライト
超個性的なフロントマスクなので日本ではカニ目、海外ではフロッグアイ(Flog Eye:カエルの目)とも呼ばれている。
真正面から見ると口を開いて笑っているようにも見えてユニーク。
 
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スポーツでもなくユーノスでもない、マツダ 二代目コスモ。
彫りの深い顔つきからして当時のアメ車っぽくも見える(実際、このモデルは北米市場をかなり強く意識してデザインがされたという)。

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後輪に装着されたマッドフラップには、白抜きでCOSMOの文字が書かれている。非常に「The 昭和」って感じがします。
 
 
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フォード クラウンビクトリア ハイウェイパトロール仕様
実際にアメリカの警察で使用されていたものの払い下げ車両だという。
 
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グリル前方のゴツいプッシュバンパー(逃走車両に体当たりで突っ込んで強引に停車をさせる)や、前席両サイドに装着された小型サーチライト、車内のセンターコンソール上には可動式ノートパソコン台など、日本のパトカーではまず見かけない独特な装備品が目を引く。
持ち主も本格的なハイウェイポリスのコスプレをしていた。

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後部座席の窓には、収容した容疑者が逃走をしないように太くて頑丈な格子がはめ込まれていた。アメリカの公的機関による払い下げ車両は、こういうのを取り外さずにそのまま民間の中古車市場へ流すのか…なんかスゲェな(日本の警察や自衛隊の場合だと、車両の用廃時にはガス溶断やサンダーで再利用が不可能なくらいにまでバラバラにするのが普通)。

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今回のイベントの目玉。映画「トラック野郎」で主演を務めた故菅原文太が撮影で実際にハンドルを握った一番星号(中央)が展示をされた。

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この手のデコトラを間近で見たのは初めてだったのですが、いやぁ、箱に描かれた巨大な絵は勿論のこと、電飾やスパンコールもド派手だなぁ……夜に見たらもっと映えたかもしれない。


会場内だけではなく、何か面白そうな車がいないかと駐車場へ足を向けてみる。
 
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すごく状態が良い。履いていたタイヤはミシュラン製であった。
 
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マツダRX-7は今でもたまに見かけるが、アンフィニ時代のRX-7はここ最近めっきり見かけなくなった。1990年代に製造されたものは、以前底値だった時期に買われて乗り潰されたのがほとんどだろう(もしくは海外へ輸出されたりとか)。
 
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シボレー インパラ
泣く子も黙るフルサイズのアメ車。うちの車庫にはまず入らないくらいに大きい。
 
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ロータス ヨーロッパ
JPSの塗装が施されたものは初めて見た。
 
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午後2時から開かれたビンゴ大会。
ビンゴ一番乗りとなって豪華景品をゲットするべく手元のビンゴシートに念を送った……が、リーチどころか、最後まで全くかすりもせずにビンゴは終了。結局、焼肉のタレ(小瓶)を残念賞として入手しただけであった。


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台風直撃という如何ともし難いイレギュラー要素があったものの、実際に蓋を開けてみれば大盛況だった北海道旧車天国2018。大きなトラブルもなく午後3時半に無事閉幕となった訳ですが、わが愛車はなんと旧車天国アワード(入場客による参加車への投票)で特別賞を頂いてしまった。
まさか今年6月の富良野に続いて受賞をされるとは思っていなかったので、ちょっと驚いたのですが、まぁありがたい事です。

これで今年の参加予定の旧車関連イベントは終了(14日の日高は胆振東部地震の影響で中止)となった訳ですが、一応は冬眠前に有終の美を飾れたかな、と思っています。

告知・北海道旧車天国 2018

【重要】10月5日 追記【重要】
10月7日(日)に開催が予定されていた北海道旧車天国は、台風25号の影響により翌日8日(月・祝)体育の日に変更となりました。
なお、開催場所及び開催時間は変更ありません。
その他の詳しい情報に関しましては北海道旧車天国の公式HP、または公式Facebookをご確認ください。


10月7日(日) 札幌市北区東茨戸にあるシャトレーゼ ガトーキングダム・サッポロの敷地内で開催される北海道旧車天国に参加をします。
開催時間は9:30 AM~15:30 PM、入場・見学には前売券または当日券が必要ですが、小学生までの児童は無料となっています。
前売券:1200円(500円の金券付き) 開催日前日までローソンチケットで購入可
当日券:1500円(500円の金券付き)

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9月6日に胆振地方で発生した大地震とその影響により、参加を考えていた小樽クラシックカー博覧会(9月9日開催予定)と北海道オールドカーフェスタ in 樹海ロード日高(10月14日開催予定)のそれぞれが中止となってしまった。これによって今シーズンの道内で開催される規模が大きい旧車イベントは、この北海道旧車天国が最後となります(ただし、地方では10月下旬に小規模なイベントがある)。
自分がこのイベントへ応募をしたのは地震前の8月中旬なのですが、まさかこんなことになるとはねぇ……。当日は雨天の場合でも会場に居るとは思いますが(既に参加費は支払い済なので)、とりあえず2週間後の10月7日は晴れの天気を祈りたい。

ドキュメント 札幌・真夜中の震度6

最大風速40m/sを超える勢力を維持しながら北海道に最接近をした台風21号は、住宅や工場の屋根を吹き飛ばし、街路樹や電柱をなぎ倒しつつ道内の各地域へ大きな爪痕を残した。
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だがそんな台風21号も、9月5日正午にはシベリア方面へ抜けて温帯低気圧に変化をした後は、次第に勢いを失って天気図から姿を消した。そしてその日の夜、暴風雨への注意・警戒を解いた北海道民の多くは、台風一過に安堵をして床に就いた……はずだった。


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9月6日(木) 北海道札幌市 03:07 AM
……
………
……………
ユサッ…ユサユサ、ユサッ………カタカタカタッ…
体を震わせるような、小刻みな揺れで目が覚めた。部屋の中はまだ暗い。耳を澄ませばクローゼットや本棚がきしんで微かな音を発しているのがわかる。
 (……? 軽く揺れているな…震度2か3くらいの地震か?)
突然の寝起きで頭がボーッとする。
頭を横に向けて枕元にある目覚まし時計へと手を伸ばし、時間を確認しようとした「そのとき」だった。

ガタッ、ガタガタガタガタッ…ゴオォォォ、ガタガタガタガタガタガタガタガタッ、ガガガガガガガガガガガガッ

 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咄嗟のことで声が出ない。布団に包まれながら夢うつつとしていた思考は、10秒ほどの時間差で訪れた暴力的かつすさまじい揺れにより、一気に現実世界へと引き戻された。
下から猛烈な勢いで突き上げる激しい縦揺れで、全身の筋肉が緊張して強ばるのがわかった。家そのものも大きく揺さぶられ、壁や天井からミシミシと不気味な音を立てている。本棚からは何冊もの本が空中を飛び、机の上にあった書類や文具も勢いよく落下。床に直接積んである書籍類もドサドサと倒れた。
 (ヤ、ヤ…ヤベェ、この揺れは尋常ではないぞ……)
今までの人生で体験したことがない、生命の危機を感じるほどの強大な揺れ。そして心臓を鷲掴みされたかのような恐怖心も瞬時に湧き起こった
だが、こうなってはどうにもならない。何とかして布団の上で耐える他なかった。

永遠に続くかと思われたほどの揺れは、30~40秒で急速に収まった。そしてその揺れが収束すると同時に、携帯電話からは不安を掻き立てるような緊急地震警報のチャイムが鳴り響いた。
 「肝心な時に限って鳴るタイミングがワンテンポ遅いのかよ……」
警報のタイムラグに毒づいたところで仕方がない。のろのろと布団から這い出て照明になりそうなものを探す。
 「…たしか本棚のそばに、先日のキャンプで使う予定だったヘッドランプがあったはずだが」
まだ地震の余韻が残る暗闇の中、手探りでライトを探し出してスイッチを入れた。LEDの白っぽい明かりに照らされた部屋の中は、言葉にならないくらいにグチャグチャだった(まぁ元から汚い部屋だが)。

ドアを開けて廊下へ出ると既に両親が起きていた。お互いの無事を確認し、居間へ移動してテレビをつけた。なお、運が良いことに、あれだけ派手に揺れたものの居間にあるテレビや食器棚、冷蔵庫、サイドボード等は倒れておらず、心配していた家具類の被害は一切なかった(我が家唯一の損害は、玄関にあったガラス製の小さな花瓶が割れただけ)。
臨時ニュースによると震源胆振地方東部で震度は6強。北海道の隅から隅までのほぼ全域が大なり小なり揺れたというのだから、これは恐るべきレベルである。札幌の震度は5強(9月8日に札幌市東区震度6弱に修正)を記録した。自分は揺れの大きさと過去の事例から十勝沖(2003年9月)か南西沖(1993年7月)が震源だろうと予想をしたのだが、まさか胆振方面の内陸部だったとは。

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STV札幌テレビ放送Youtube公式チャンネルより/9月6日放送
震源地に近い胆振周辺は、後に震度6強から震度7へと修正されている。

かなり揺れは大きかったけれど無事で良かった……と、胸をなでおろす暇もなく、突如として居間の電気が消えた。窓から外を見ると真っ暗闇。それもこの家だけではなく、近隣のアパートや遠くに見えるマンションも、すべての電気が消えていた。
これが後に報道される「北海道全域停電(ブラックアウト)」の端緒であった。

03:55 AM
普段着へと着替えて、LEDライトを片手に外へと出た。街灯はおろか信号機も全部消えている。
外には残暑のようなぬるい空気が漂っていた。この季節にしては湿度が高く、ややジメッとする気温(22~23度)だ。隣近所の人達は、懐中電灯を片手に寝間着姿で玄関先に出てきて話をしている。
どうやら町内会の全員が無事みたいだ。

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近所の交番。
暗闇の中、警察官がパトカーの赤色灯を点灯させて出動の準備をしていた。

うーん、これはただ事ではない。一旦自宅へ戻って色々と準備をしよう。


04:35 AM
用心のため、寸胴鍋や空のペットボトルに片っ端から水を貯め(上水道は運良く断水していなかった)、家の中にあった使えそうなラジオや乾電池、照明器具を居間に集めた後、車庫から自転車を出して再度周辺の偵察を開始した。

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きれいな朝焼けの中、電気の消えた信号機。
この薄暗い中、丘珠空港からは報道各社や警察・自衛隊関係のヘリが多数飛び立っていった。

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地震の発生から1時間半が経過。
とりあえずコンビニを何軒か回ってみたが、停電のためPOSレジと電子マネーは使えず、非常灯がぼんやりと点くだけの薄暗い店内では、店員が電卓とメモ用紙を片手に販売をしていた。地震直後から客が一斉に殺到したため、主な商品(おにぎり、パン、弁当、インスタント麺、缶詰、飲料水、乾電池)は全てが完売。やはり皆考えることは一緒だ。


08:40 AM
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丘珠郵便局近くの交差点。
信号機が完全に消えているので、徐行・一旦停止をしながらの通行となっている。意外なことにクラクションなどは聞こえず静かなものだった。

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大渋滞の札幌新道の交差点で、手信号誘導をしている警察官。
新道は札幌を代表する主要道路なので、機能している信号機も一部にはあったものの(電気が別系統なのだろう)、殆どは消えていた。消えている信号があまりに多過ぎるため、他の場所の交差点にまで警察の手が回っていない。

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突然懐かしい音がした。独特なキィーンという耳に障るようなカン高い金属音…これはロールスロイス ダートエンジンだ.。
空を見上げると空自所属の赤白チェッカー塗装をされたYS-11が飛んでいた。


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停電のためテレビは見られないので、情報収集は自ずと電池式のラジオと携帯付属のワンセグがメインとなった。ワンセグ視聴は常にバッテリー残量を気にしながらとなるのであまり長い時間見ることはできないのだが、この状況下だと背に腹は代えられない。
北海道内にある各テレビ局は、全てが通常番組の放送を取りやめて地震に関連する特別報道体制となっていた。震源地の直近にある安平、厚真、平取、鵡川方面の被害は特に甚大で、安平町に至っては山あいに点在する農家の家々が広範囲に発生した土砂崩れによって、住人もろとも飲み込まれてしまった。
札幌市内では、清田区里塚の住宅街で車や道路が埋まるほどの深刻な液状化現象が発生。厚別区などでは大規模な断水が報道された。JR札幌駅やすすきの、大通公園周辺では、出張中のサラリーマンと道内を旅行中だった大勢の観光客が、交通手段と宿泊先を失って途方に暮れているという。

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STV札幌テレビ放送Youtube公式チャンネルより/9月6日放送

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STV札幌テレビ放送Youtube公式チャンネルより/9月6日放送

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STV札幌テレビ放送Youtube公式チャンネルより/9月7日放送


10:08 AM
実を言うと今日9月6日は、わが愛車が2年に一度の車検を受ける予定の日だった。札幌運輸支局の事前予約も数日前に済ませてあったのだが、未明からの全道一斉停電で窓口・検査ライン共に休業状態だろう(けれど、一応は確認のために自転車で出向いてみた)。

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運輸支局へ向かう途中、地下鉄東豊線 新道東駅に来てみると停電のため始発から運行停止となっており、シャッターが下ろされていた。

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札幌市内の路線バスは全線が運行停止中。
市電、道内都市間バスやJR、空港などもストップしている。

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市内各所にあるガソリンスタンドも、地下貯蔵タンクからの汲み上げ用ポンプが停電で動かせないため閉店している。一部の店舗では自家発電機を使って営業をしていたが、給油は警察や消防などの緊急車両のみに限定されていた。

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新道東駅の交差点。
東豊線に沿って南側へ向かう道路(東15丁目通)の一部がひび割れ・陥没により封鎖されていた。

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パッと見は歩行者天国みたいだが…

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その路面のあちこちに多数のひび割れが確認できる。

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さらに深さ1m前後の大きな陥没も見受けられた。

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イオン元町ショッピングセンター前の道路は、200mほどの長さに渡って陥没。

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そしてそのイオン元町店の店頭には数百人近い大行列が。

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イオン元町店のすぐそばにあるセイコーマートにも50~60人の行列ができていた。
列の横を通り過ぎる際に、並んでいる人たちの会話をチラッと聞いてみると、飲料水が販売されるのかを気にしている様子だった。新道東駅元町駅周辺には規模の大きなマンションが多数あるので、停電による断水(マンションではポンプで水を最上階の貯水タンクに汲み上げて各部屋へ分配するのが一般的)の影響を受けた人が多いのだろう。

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東8丁目通(北光通)へと移動。
ここでもスーパーには長蛇の列が発生していた。

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10:40 AM
札幌運輸支局に到着。まるで初夏を思わせるような天気と暑さのため、全身がじっとりと汗ばむ。そしてやはりと言うか、車検業務は第一ラウンドから全部中止となっていた。
駐車場にいた職員曰く「停電で光軸や排ガスのテスターは動かせず、データ管理用のコンピューターも起動不能。業務再開は未定です」とのこと。そりゃそうだ。

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運輸支局の裏にある石狩街道。
普段の交通量と比較をすると、この日は1/10以下。いつもの喧騒が嘘のようにガラガラ。

この時点で地震発生から7時間半ほどが経過した。街中を一通り観察してみると、札幌市内は別段殺気立ってはいないものの、どこか浮ついたような何とも言えない妙な緊張感が到る所から感じられた。
国内第4位の人口を誇る190万都市の札幌が、初めて経験をする大地震と大停電……ここで移動を切り上げ、自宅へ戻ることにする。


…で、愛車の車検の話が出たのでちょっと書きますが、本当のことを言えば地震発生直後から長江のことがずっと心配でたまらなかった。それはなぜかと言うと、保管している親戚宅の農機具倉庫が築80年以上と恐ろしく古いためだ(なにせ50年前に亡くなった母方の曽祖父が昭和初期に建てたものだから)。ぶっちゃけ、突然大きな余震が来たら愛車ごとグシャッと潰れてもそう不思議ではない。
そんな悪夢は想像しただけでも身震いがする……こうなったら早急に自宅へ数日ほど(余震がある程度収まるまで)疎開をさせなくては。
運輸支局から戻って自宅で軽く一息つけた後、再び自転車に跨って親戚宅へと向かった。今日は夜中から自転車を漕いでばかりだ…。

激チャリをして親戚宅に着くと、額から流れる汗もそのままに倉庫内にある愛車のそばへと駆け寄った。
外見は特に損傷などしていなかったが(朝4時頃に叔父から電話があり、無事なのは知っていたが)、実際に自分の目できちんと確認をするまでは全く安心できなかった。心配性と笑いたいなら笑え。

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13:32 PM
とりあえず数日間の自宅疎開となった。さて、車検の日時はどうしようかねぇ……。


さすがに今日は精神的にも肉体的にも疲れた。
一応、蛇口からは水が出るし、食料もある程度の備蓄がある(4~5日前後)ので、今から急いで買い足すようなものはないのが救いだ。なので昼以降はソファで横になり、できる限り体力を温存しながらラジオのニュースを聞いて過ごした。


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9月7日(金) 06:20 AM
カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。昨日と同じく好天で気温は平年よりも少し高い。もしも地震の発生が氷点下の気温となる厳冬期や、1日ずれて台風21号の北海道接近と重なっていたら、更なる大惨事となっていたかもしれない。
地震の発生から丸一日が経過し、当初は錯綜・混乱をしていた情報も次第に整理され、被害状況がかなり詳しく把握をできるようになってきた。

が、とりあえずは朝食の準備だ。まだ停電中なので炊飯器を使うことはできない。なのでカセットコンロとミニ土鍋で白飯を炊くことにした(自分で言うのもの何だが、直火による炊飯はかなり自信がある)。
予め研いで水を十分に吸わせた米を土鍋に入れ、米の上部が少し浸る程度の水を注いで蓋をした後、最初から一気に強火で沸騰させる。沸騰後は吹きこぼれないよう中火にして、中からフツフツと音がしだしたら弱火で5~6分かけて残った水分を飛ばし完成、となる。コンロから下ろして15分ほど蒸らした後、茶碗に盛りつけて朝食とした。

テレビは停電で見られないので、飯を食いながら新聞を読む。
今朝届いた朝刊は、当然のことながら地震の大きな被害が一面を飾っている。ただし、地震による紙類節約のためなのか記者が現場へ出払って記事が書けないのか、朝刊にしては16面という薄さだ。

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上:9月7日 北海道新聞 朝刊
下:9月6日 北海道新聞 夕刊
それぞれの新聞の一面。横ぶち抜きでこれだけ大きな文字が配置された記事は、7年前の東日本大震災以来ではないだろうか。なお、地震発生当日に大急ぎで刷られた6日夕刊は、わずか4面しかない。号外に毛が生えたようなものである。

08:25頃 AM
そしてその時は来た。朝食後に食器を片付けている最中、突然電気がついたのだ。
約30時間ぶりの通電である。すぐさまテレビをつけて現時点での地震関連ニュースを確認した。
それにしても安平町の土砂崩れ現場の映像は酷いものだ。山間部の斜面が数十ヶ所も同時に崩壊していて言葉もない。


ここにきて悩みの種が現れた。それは昨日親戚宅から疎開をさせた我が愛車のタンク内のガソリン残量である。5日前の9月2日に、自分は積丹半島を一周する日帰りツーリングをしたのだが、その帰宅後に給油するのをすっかり忘れてしまっていたのだ。何たるチョンボ…。
たしか岩内町で給油をしてから泊、神恵内、積丹、古平、余市と海沿いをぐるっと回って札幌に戻ったので、燃料タンクの中には5~6リットルほどしか残っていない。電気が復旧したということは、ガソリンスタンドも営業を再開しただろうし……うーん、どうしようか。今すぐどこかへ走りに行くという訳ではないのだが、まだまだ余震も多く、今後の状況がどうなるかは楽観視できないため、念の為に給油はしておきたい。

そして、このようなときに思い出すのが、今から7年前の東日本大震災当時に全国で多発した「ガソリンパニック」である。被災地やその周辺では地震によって製油所からスタンドへの供給が滞り、給油が難しくなったため一種の恐慌状態となって各地に伝播したのだ。
今朝のニュースでも放送されていたのだが、道内各地でも徐々にガソリンスタンドには行列が発生してきているという。

とりあえず、給油できそうなガソリンスタンドを何ヶ所か偵察をしてみた。

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だが、どこのガソリンスタンドもずらりと500m以上の長い給油待ちの列が形成されていた……見なかったことにしよう。


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6月8日(土)
かなり綱渡り的ではあるものの、道内にある無事な火力発電所の再稼働と、本州方面からの送電が開始されたことにより、震源地に近い胆振地方東部を除く北海道の半分以上の停電が解消された。
だが、厚真町の土砂崩れ現場では、消防や自衛隊による夜を徹した懸命の救出活動が続いている。


そういう自分は愛車へのガソリンをどうしようか悩んでいた。何かいいアイディアはないだろうか……そうだ、ジェリカンを直接持ち込んで給油をしてもらえば簡単なのではないか?

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船の側面にラックで固定してある20Lジェリカンを取り外し、手に持ってガソリンスタンドへと出向いたのだが、結果を言うとどこもダメだった。理由は「当店はセルフスタンドなので」。
そう、セルフ方式のガソリンスタンドでは事故防止のため携行容器に給油はできないのだ(知ってたけど)。想定外だったのは、フルサービスを併設しているガソリンスタンドでも、この状況下では給油機の設定を全てセルフに変更をして店員による給油作業を中止していたこと。どこもかしこも大忙しで手一杯なのだ。
……ま、しゃあないよね。

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10:47 AM
…という訳で、愛車で直々に列へ並ぶことに。
昨日よりかは列が若干短いが、それでも軽く300m以上はある。うへぇ。
そして列の待機中はオーバーヒート防止の為に、エンジンを止めてずっと押して歩いた。平地なので何とかなったが、少しでも傾斜があると危なかった。

周囲からはジロジロと見られている…ような感じもするが、なるべく気にしないようにした。そりゃあ、こんな大地震下でサイドカーという珍車を引っ張り出してガソリンスタンドの列に並んだらねぇ……もしかすると「この大変なご時世にバイクでふらふらと遊び歩いている不謹慎な野郎」と思われたかもしれないけど。

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11:34 AM
50分ほど並んでようやく給油。ちなみに客が次々と後ろへ並んでいるため、給油量は1台20Lまでの制限が設けられていた。
燃料タンクの給油口にノズルを差し込むと、わが愛車はレギュラー15.3L@149円をグビグビと飲み込んだ。とりあえずこれで一安心。

そうこうしているうちに札幌市内は、少しづつではあるが日常を取り戻そうとしていた。


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9月9日(日)
札幌を含めた道内ほぼ全域が停電から復旧した。そのため、市内にある会社や工場では、休日返上の突貫作業で復帰を進めているところもあるという。だが清田区里塚や厚真町では、避難所へ身を寄せている住人が未だに大勢いる。

自宅の冷蔵庫は、気をつけていたにも関わらず、地震発生後の30時間近い停電で傷んでしまった肉や魚が出てしまった。なので、何か腹の足しになりそうなものを求めてスーパーなどへ(あまり期待をしないで)出かけてみた。

まずは食料品売場を併設してる中規模のホームセンター。
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インスタント麺は完売。
画像には写っていないが、左側にはバックヤードから運んできたであろうカップ麺の空ダンボール箱が無造作に積まれていた。

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フルーツ缶や野菜缶を除くイワシやサバ、サンマ等のおかず系缶詰も完売。

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冷凍食品全般は、停電により溶けて傷んだらしく、全てがカラ。

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今回、個人的に感心したのだが、インスタント麺やレトルトご飯ではなく、パック餅に目をつけた人はかなり鋭いと思う(コンパクト、長期保存が可能、個別包装、調理が簡単、個数管理が楽など利点が多い。ただし高齢者や幼児には不向きだけど)。

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停電の影響でキャンプ向けの小型LED照明や懐中電灯、ヘッドライトも一つ残らず完売。当然ながら乾電池の棚も単1から単4まですっからかんとなっている。ボタン電池エネループくらいしか残っていない。

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自動車用品コーナーの燃料携行缶も完売。ただし3~5Lの小容量タイプはまだいくつか残っていた。画像にはないが、灯油用ポリタンクも売り切れていた(恐らく飲料水などを貯める目的で購入した人が多数だろう)。

続いて別のスーパーへ。
日曜夕方に訪れたのだが、普段とは違って思わず「もしかして閉店間際か?」と勘違いをするくらいに客が少なかった。
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野菜売り場は玉ねぎ、にんじん、カボチャ、じゃがいもなど常温保存が可能な野菜以外は陳列なし。特にほうれん草やレタスなどの、収穫後の鮮度維持が何よりも重要な葉物野菜や痛みやすいモヤシは全滅だった。

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納豆、豆腐、厚揚げ、かまぼこ、乳製品などの商品棚も空。食品加工工場が停電で生産停止したため、元に戻るまでは通電後もなお数日~一週間程度はかかる見通しだという。

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精肉や魚介類は、店頭で冷蔵保管してあった分は停電により傷んで廃棄となったため、売り物になるようなものは無かった。

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カレーや中華丼、牛丼などのレトルト食品はほぼ完売。

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インスタント麺も完売。

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パン類も空(製パン工場の本格稼働ができていない)。惣菜・弁当コーナーも調理できる食材がないため空のままだった。

結局、大規模停電という非常事態とそれに伴う客の殺到&流通の停滞によってまともな食材が残っておらず、適当な袋菓子を何個か買う程度となった。これは商品によっては意外と長引きそうだ……。


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9月13日夜現在、市内にあるほとんどのスーパーでは商品・物流共に地震前の水準にある程度まで戻ってきてはいるが、やはり一部では未だに欠品が続いている(特にパン、乳製品、納豆などが顕著)。

震源地以外の地域(特に都市圏とその周辺)では、揺れそのものよりもその後の停電による影響が極めて大きかったのがわかる。これについては北電の発送電システムが苫東火発に大きく頼り過ぎた結果だ、とも報じられている(震源地に近かったのも致命傷だった)。今回の地震を受けて、来年2月に営業開始予定であった石狩湾新港の最新LNG火発が、11日から前倒しで発電を開始している。
それと泊原発は原子炉から核燃料が取り出されて以前から冷却状態なのは本当に僥倖だろう。まぁ、東日本大震災以降の新たな安全基準に泊は不適合みたいなので、そのまま永遠に動かさないで欲しいが。


そして最後となりますが、今回の地震によって北海道内で亡くなられた41人の方たちに哀悼の意を表します。

5年ぶりの参加! クラシックカーミーティングinふらの

6月23日(土) イベント前日

明日は今シーズン初の長江による遠出(とはいっても札幌から100km程度だが)となるので、保管先である親戚宅の農機具倉庫で午後からブレーキシューの状態確認やワイヤーの遊び調整、緩みそうなボルトやナットを事前に増し締めをしたりと、気になる部分を細かく点検した。

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ついでに後輪タイヤをチェックしてみると、溝が摩耗してそろそろスリップサインに到達しそうだったのでこれを機に交換。しかし新品タイヤをはめ込んだ際に、中へ詰めたチューブをタイヤレバーでコジッて穴を開けてしまった……久々にこんな単純ミスをしてしまいとてもカッコ悪い。

…で、整備・点検も夕方には片付いたので、それでは愛車に乗って自宅に帰るとするか、とエンジンをかけようとしたのだが、なぜか始動しない。キックをしてもセルを押しても全然ダメ(セルは勢いよく回るので、配線やスイッチ類にはきちんと通電している模様)。4週間前に近所を軽く5~6kmほど走った時には普通に動いたのだが。
うーん、それにしてもバッテリーは先月上旬に新品へと交換をしたばかりだし、ガソリンは昨年秋の冬眠前に満タンとしたので、半年程度で品質が大きく劣化することは考えられない。一体何が原因なのだろう? もしかしたらバッテリーの初期不良
結局、この日は長江に乗って帰ることは叶わず、車体からバッテリーを取り外して自転車で持ち帰ることとなった(そして帰宅後、バッテリーを購入した自宅近くの量販店で同型品と交換してもらう)。


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6月24日(日) イベント当日

3:50 AM 起床。
夏が近いからか、東の空は既に明るくなりかけていた。
朝食を軽く済ませて服を着替えると、すぐにバッテリーを自転車に積んで親戚宅の倉庫へ向けてペダルを漕いだ。昨晩のうちに自宅へ長江を持ってきていれば、あと一時間ほど寝ていられたのだが…。

4:55 AM 親戚宅へ到着。
とりあえず新品のバッテリーを繋いでセルボタンを押した……のだが、やはりダメだ。セルは回るし、前照灯やウインカーも眩しいくらいに光るのに、なぜかエンジンだけは神経を切断されたかのようにピクリとも動かない。原因はバッテリーの初期不良ではなかった。
心の中でモヤモヤが次第に大きくなっていく。これは「何か」がおかしい…。

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しかし、愛車が故障で動かないからといって闇雲にあちこちイジり回すのは、過去の己の経験からしてさらなる泥沼にハマッて事態が悪化する可能性が高い。
ここは一旦基本に立ち返って【内燃機が動作するための3要素】を冷静かつ落ち着いて思い出してみる。
 よい燃料:劣化していないガソリン
 よい圧縮:気密性が保たれたシリンダーとピストンとバルブ
 よい火花:充電されたバッテリーと火花がきちんと飛ぶプラグ
どれほど古くてボロいエンジンでも、この3つがちゃんと揃えば必ず動く、と言われている。これは逆に言うと、たとえ最新の高性能エンジンでもこの3つの内のどれか一つが欠けていると絶対に動くことは無い、ということにもなる。

燃料はタンクからコックを経てキャブレターへ供給されている。圧縮もキックペダルを踏み下ろしてみると重たい抵抗感がある。ヘッドガスケットは目視で確認をした限り、緩んだり吹き抜けてもいない。
…となると、現時点で一番怪しいのは火花……点火系だ。

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まずは手近な部分であるポイントの清掃をしてみる。カバーを外して接触面にパーツクリーナーを吹いてウェスで汚れを落とし、コンデンサの取り付け部も点検して始動をしてみると…やはりエンジンは全く動かない。ポイントは無関係か。
次はスパークプラグの交換。外したプラグの電極周辺はやや黒くなってはいるものの、特に問題はなさそうだ。えーっと、最後にプラグ交換したのはいつだっけ………記憶の糸をたぐると確か2008年の5月頃だったような…ゲッ、10年ぶりか。
工具箱から新品のNGK BP7HSプラグを取り出して左右のシリンダーへ装着。そしてプラグコードを繋いでセルを回すと……やっぱりダメ。これでプラグが原因ではない、ということも判明した。
うーん、富良野への出発時間が刻一刻と迫っている中、焦りばかりが募って肝心の解決方法が思いつかない。見えない部分、手の届かない箇所の微細な配線でも断線しているのだろうか?
脳裏には「トラブル(走行不能)により今日のイベント参加は辞退」という文字が何度もチラつく。

そんな時に、ふとバイク雑誌で以前読んだ古いハーレー(フラットヘッドやナックルヘッドなど)に長年乗っているオーナー達のトラブル対処法を思い出した。
「半世紀以上昔に作られたハーレーは意外とコイルが壊れやすいので、サイドバッグには常に予備のコイルを入れてツーリングをしているんですよ」

!!!
もしかしてこれは点火コイル(イグニッションコイル)が犯人か? それなら3年ほど前に他の予備部品と一緒に購入しておいたのがあったはず。
さっそく新しい点火コイルを装着してセルを回すと……今までの不動状態がまるで嘘のように、あっさりとエンジンが動き出した。

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エンジン不動の原因はコイツでした。
5月中旬には普通に動いていたのだが、まさか今になって点火コイルが前触れもなく突然死をするとは…完全に盲点であった。ちなみに上画像の点火コイルは、13年前に自分が長江を入手してからずっとエンジンに装着されていたもので、もしかするとちょうど部品としての寿命を迎えたのかもしれない。
だけどまぁ、今回は無事に解決をして良かったです。なぜなら電装・点火系のトラブルは、目視で異常部を追跡できる駆動系や燃料系とは違い、自分みたいな電気素人には原因究明が難しいことも多いからです。それとツーリング先でのトラブル発生でなかったのは冗談抜きで本当に僥倖であった。
あと、3年前に新品の点火コイルを予備として購入していた自分エラい(自画自賛)。

まったく、初っ端から色々と楽しませてくれるよ我が愛車は。
では富良野に向けて親戚宅から出発
6:08 AM

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札幌から江別を抜けて、日曜早朝でガラガラな国道12号線を長江はマイペースに走る。しばらくすると岩見沢の市街地に入ったので、24時間営業のセルフスタンドで7リットルほど給油。7:05 AM

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給油後は自衛隊岩見沢駐屯地の横を通過して三笠市へ。そして以前から少し気になっていた「モノ」を観察してみる。

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その「モノ」とは、三笠市幌内のセイコーマート前交差点に置かれたディーゼルロコ。何度かここの道路を通るたびに必ず視界へ入るので、いつも気になってしょうがなかったのだ。
自分は鉄道に関しては全くの門外漢だが、今日はじっくりと(と言うほどでもないけど)観察をしてみた。

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説明板などは置かれていないので経歴は一切不明。ただし、閉山前の三井芦別炭鉱では坑外で資材の運搬作業にディーゼルロコを使用していたのは間違いないので、閉山後に譲り受けた車両なのかもしれない。
現在はここから3kmほど奥にある三笠鉄道記念館とトロッコ鉄道の広告塔としての務めを果たしている。


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全体的にサビが目立つものの、状態はそれほど悪くはない。
5分ほど見ていたのだが、あまり長居をすると近隣住民から不審者として通報されそうなのでそろそろ富良野へ向かうこととする。7:34 AM


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なお、後ろの倉庫にはナンバー付のトゥクトゥク(東南アジアでよく使われるオート三輪型タクシー)が保管されていた。夏の観光シーズンにはお客さんを載せて走っているのだろうか?


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幌内からしばらく走ると、幾春別の旧奔別炭鉱跡地に到着。7:44 AM
雲が多くて暗いせいなのか、画像がどうにもパッとしない……。
立坑の撮影後はバス停横の公衆トイレ兼バス待合所で20分ほどエンジンを休ませた。
眼の前の道道116号線をイベント参加者であろう旧車が頻繁に走り抜けていく。
8:10 AM 出発

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個人的には走るのが嫌で仕方がない桂沢湖畔から先の道道452号線。ガタガタに荒れた路面と連続急カーブの坂道を何とか突破して、芦別の三段滝に到着。
8:42 AM

ここまで来れば、目的地である富良野へはもう一息という距離。10分ほど休憩をしてから富良野を目指した。
ちなみにこの場所へ来たのは昨年の8月末以来となるが、残念ながらカミキリムシはいなかった。

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無事、富良野市街へと入る。イベント会場はもう目と鼻の先なので、のんびりと給油を済ませた。給油量は5.5リットル。
早朝に給油をした岩見沢市内のガソリンスタンドからの燃費と距離を単純計算すると約13km/リットル前後となる。この数値だと長江は3000ccクラスの3ナンバーセダンや大型SUVと同じくらいの燃費だな。まぁ、横に100kg近い鉄の塊を固定しているから、バイクにしては燃費が良くないのは仕方がないけどね。

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…で、ようやくクラシックカーミーティングの会場に到着。 9:45 AM
会場入口にある受付で参加費の支払いを済ませ、スタッフから指示をされたバイク展示エリアへ長江を動かして陳列となった。
だけど再びこの地へ訪れるのに5年もかかってしまった。いやぁ、何にも増して感慨深いねぇ……。


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この日の富良野は暑くもなく寒くもないうす曇りの過ごしやすい天気。
しかし2時間後には急変することに……。

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11時くらいまではイベントへ飛び入り参加を希望する車も多かった。
なお、この日の参加車数は190~200台近くにまでなったという。

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イベントではいつも農発の動態展示をしている北海道発動機保存会ですが、今日は昔ながらの業務用かき氷機を持ち込んで来場者にかき氷を振る舞っていた。
ただし氷を削る動力は農発である。

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農発ののんびりとした駆動音と共に、シャカシャカシャカシャカ……と涼しげな音を響かせていた。
プーリーに取り回してあるベルトに注目。


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両隣に並んだフェラーリやポルシェよりも二回りほど小さな車体。視線を低くするとうねるような独特の曲線をもつボンネット形状がわかる。誰もが知っている有名車だからか、常に人が集まっていた。

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なかふらの単車館館長の秘蔵コレクションの他、有志達が所有する自慢のバイクも20台以上が展示された。

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長江の隣に展示されていたマツダ ポーターキャブ
オーナーのオジサンは、綿あめを作って来場した子どもたちに配っていた。

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11時半くらいから空模様がちょっと怪しくなり、服が濡れない程度の小雨が降ったり止んだりを繰り返していた…が、正午を回った12時20分過ぎに突如として猛烈な土砂降りとなった。
自分はあいにく傘を持っていなかったため、すぐそばの木陰へ避難して雨宿りをする羽目に。

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だが幸運なことに、突然の土砂降りをもたらした雨雲は15分前後で去っていった。自分の帽子や上着はびしょ濡れですが……。

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太陽もすぐに顔を出し、各オーナー達はタオル片手に愛車の拭き取り作業に追われていた。
水気を放っておいたらサビるもんな。

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ホンダ シティターボII ブルドッグ
外へ大きく張り出したフェンダーと、左にオフセット配置をされたホンダのマークが格好いい。

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トヨタ2000GTもそうだが、今年は本州から来たであろうイベント参加者が結構目についた。この車は茨城ナンバーを付けた1958年式ダットサン 210。しかも足回りはホワイトリボンタイヤである。

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雨にしっとりと濡れた2000GTの後ろ姿。


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画像では確認できないが、高い気温と強い直射日光で濡れた地面が暖められて、足元には湯気がかすかに漂っていた。

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日本唯一の4文字ナンバーである「尾張小牧」を装着した1982年式三菱 ミニカ。数字が消えかかっているあたりに他を寄せ付けない風格を感じさせる。これは当時物のナンバーだろうか?

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スズキ フロンテ
今では滅多に見ることがない360軽用の小板ナンバー(しかも8のシングル)を付けている。

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トヨタ S800の列
オーナー達は忙しそうに車に付着した水滴を拭っていた。

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マツダ コスモはこの一台だけの参加でした。

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シボレー インパラ
長くて平べったい典型的な1960年代のアメ車。塗装は涼し気で透明感のあるミントグリーンなのだが、デジカメの画像ではうまく再現できていないのが残念。

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3台のウニモグ。それぞれの年式や形状は微妙に違う。
このようなレア車が複数台も揃うのは富良野のイベントくらいなものだろう。

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今となっては現存数が少ない日産 マーチスーパーターボ
マーチ由来のコンパクトな車体にスーパーチャージャーとターボを無理矢理詰め込んだ化物。自動車市場が縮小している現代の日本では想像もつかないが、1980~90年台には各メーカーがいろいろと変わった車を出していた。

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イベント常連のシュタイヤープフ ハフリンガー
今日はトラックに積載されて富良野へ来たという。

こういうコンパクトなMR車は一度乗ってみたいものです。

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14時頃に撮影した会場遠景。
昼下がりを過ぎた頃になると、既に20~30台の参加車が早めに帰っていた。

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今回のイベントでは最年少参加者と思われる、男子小学生がオーナーの1970~80年製ブリヂストンジュニアスポーツサイクル。当時の値札と説明書も付いていて、ほぼ新品同様のコンディションでした

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楽しい時間はあっという間に経過して午後3時。
イベントもそろそろお開きとなるのですが、表彰式でなんと我が愛車が二輪部門で優秀賞を受賞、という珍事が発生。ホンダやカワサキなどの有名美車を押しのけて長江が受賞をしてしまうとは……コレッていいんですかね?

15:35 PM
クラシックカーミーティングinふらのは無事に終了し、会場から退出。この去り際の寂しさは閉会後のコミケの雰囲気に通じるものがあると思う。
さて、帰り道は赤平を経由してやや遠回りになるものの国道12号線へ出ようかと思っていたのですが、さっさと家へ帰りたいたいこともあり、結局は道道452号線を戻っていくことに。あぁ、このガタガタ道は嫌だ嫌だ。

歯を食いしばりながら芦別~三笠間を抜け、岩見沢を通過。そしてこの時に江別へ至る12号線上で「コイルとプラグを新品に交換したんだし、どれくらい最高速が伸びるかな?」という出来心がふと湧いたので、(数kmの距離で道路も空いていたこともある)ちょいと試しにスロットルを多く回してみたところ、なんと80キロ台後半までスルスルッと速度が出てしまった。もうちょい頑張れば90キロくらいも出そうな感触ではあったが、長江のドラムブレーキの効きはプアなので、これ以上は間違いなく自殺行為だろう(というかそもそもスピード違反だ)。
良い子も悪い子も真似しないように。白バイや覆面パトカーに捕まるぞ。

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札幌の自宅に到着 18:10 PM
今回は5年ぶりの参加(しかも優秀賞として盾とワインも頂いた)となりましたが、心に染みるイベントとなりました。この度は運営スタッフや関係者の皆様、長江に清き一票を投票してくださった来場者の方々、本当にどうもありがとうございました。
それと来年こそは開会から閉会まで晴れが続くといいなぁ。

本日の走行距離:215km