石炭の歴史村 石炭博物館 その5

 
前回の続きです。
 
 
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立坑エレベーターから直線距離で250~300mくらいは離れているだろうか。
地下にいると距離感がわからないが、実際は思っていたよりも歩いていたみたいだ。
 
 
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採炭救国坑夫の像(進発の像)。
太平洋戦争中に鉱員の士気高揚と石炭増産を目的として作られたコンクリート製の彫像です。
これと似たような目的を持つ坑夫像は、砂川や芦別にもありました。
高さが3.6mもあるのでかなりデカい。
 
 
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夕張坑のすぐ隣にあるレンガ造りの坑口である天竜坑。
1900年に開発されて採炭がされるも、1938年には161人もの死者を出すガス爆発事故を起こしました。
そしてその事故以降は採掘を止めて密閉される。
 
 
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さらにその隣にはもう一つの天竜坑が。こちらはメタンガスの放散塔が密閉したレンガに付いたままです。
 
 
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駐車場の前にある炭鉱生活館にも寄ってみる。
この建物は以前存在した夕張工業学校を85/100のスケールで模したものです。
 
 
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1階では「炭都」として繁栄していた頃の夕張を、マネキンと小道具類で再現しています。
 
 
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昭和30年代の夕張市福住~本町付近の夜景ジオラマ
大きくて結構デキが良いです。
 
 
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倉持桃林子という人が描いた炭鉱に関する絵。北炭夕張ニ鉱の円形繰込所。
なんとも味のある画だ。自分もこういう感じに描けたらなぁ……。
 
 
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同じく二鉱の入坑前の風景。
大勢の人が集まって、見ているこちら側にも賑やかさが伝わって来るような気がする。
 
 
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2階には、夕張周辺に生息する野生動物の剥製や、高度成長期に炭住で使われていた家電などが展示されているのですが、その中に炭鉱資料として三菱南大夕張の操業概況という冊子がありました。
ガラスケースに囲まれて触ることはできないが……うーん、機会があれば是非読んでみたい。
 
 
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再び外に出て、夕張名物 石炭の大露頭を見る。
4年前はすっかり忘れて見ずに帰ってしまったこの石炭大露頭。しかし、あきれるほど分厚い炭層だな…。
よくこれが炭鉱開発初期の乱掘や盗掘に遭わないで、後世まで無事に残っていたもんだ。
 
ここで時計を見ると既に午後2時。
秋の陽は落ちるのが早いので、寄り道せずにさっさと帰ることにする。
 
以上、おしまい
 
 
本日の走行距離:129km
そろそろ昼間でも風が冷たく感じてきた。雪の季節も近い。